新着論文:能登半島地震の隆起にともなう河口部の急速な河床変化を捉える

北大プレスリリース<PDF

早川の共著論文が、Communications Earth & Environment誌(Nature Portfolio, IF(2023)=8.1)に掲載されました。無人航空機(UAS)によるレーザ測量・写真測量を繰り返し行うことで、2024年能登半島地震による最大約4mの隆起後、わずか1年のあいだに川底が急速に下刻し、遷急点(滝や瀬のような急勾配部)が1km近くも上流へ移動していく様子を、高頻度・高精細に記録しました。

Takahashi, T., Ogura, T., Iizuka, K., Iwasa, Y., Hayakawa, Y.S., Aoki, T., Matta, N. (2026.09) Rapid fluvial response to meter-scale coseismic coastal uplift during the 2024 Noto Peninsula earthquake. Communications Earth & Environment, 7, 742. https://doi.org/10.1038/s43247-026-03919-9
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侵食の進む八ヶ川の遷急点(2025年2月早川撮影)

2024年1月1日の能登半島地震(Mw7.5)では、能登半島の北部・西部で最大5m以上という大規模な海岸隆起が生じました。半島北部の海岸では、地震にともなって約4mも地面が持ち上がり、その結果、八ヶ川(はっかがわ)の河口(=侵食の基準面)が急激に下がることになりました。本研究では、この「急に下がった基準面」に対して、川がどのように応答し、どれくらいの速さで地形を変えていくのかを、地震直後から約1年半にわたって追跡しました。

調査チームは、UASレーザスキャナやSfM写真測量を用いて、八ヶ川河口から上流約1kmの区間を繰り返し測量しました。人工衛星による合成開口レーダー(SAR)画像や空中写真も併用して、地震発生からわずか7時間後にはすでに河口から730m上流の地点に遷急点(KP-1)が形成されていたことが確認されました。さらに、より下流側にできたもう一つの遷急点(KP-2)は、2024年9月の「奥能登豪雨」などの大きな出水があると、1日あたり最大8m以上のスピードで上流へ移動し、地震から1年のあいだに合計770mも遡ってKP-1に合流しました。この遷急点の後退により、最大で2mの河床低下(下刻)が生じています。河床の下に埋もれていた、約7,400年前の縄文時代に堆積したとみられる砂や泥の堆積物が露出したことも確認されました。

興味深いのは、遷急点の移動が滑らかに進んだのではなく、大きな出水のときだけ一気に進み、平常時にはほとんど止まっているという間欠的なパターンを示したことです。また、下刻が進んだ場所では、細かい土砂だけが選択的に流されて河床に大きな礫が残るアーマリング(粗粒化)が生じ、それ以上の下刻を妨げる一方で、側刻(川岸の側方への侵食)が活発化するという変化も捉えられました。

この結果は、地震による隆起後、条件が整えば1年程度という、地質学的にはとても短い時間で河成段丘(かつての河床が陸地化したもの)が形成されうることを示しています。海成段丘とそれに続く河成段丘の形成年代には、これまで考えられていたよりももっと小さな時間差しかない可能性があります。一方で、八ヶ川はまだ新しい平衡状態には達しておらず、今後10年以上にわたって、側刻や下刻が続くかもしれません。能登半島の他の河川でも同様の変化が今後生じる可能性があり、橋脚の洗掘や護岸の損傷といった防災上の課題としても注目されます。

八ヶ川河口から上流を望む